翻訳は「人×AI」の時代へ。
スピードと品質を両立させる賢い併用戦略

人工知能が社会に浸透するにつれ、多種多様な業界から 「AIに仕事が奪われる」 という不安の声が上がっています。 翻訳業界も例外ではなく、翻訳者への依頼を見直す企業も少なくありません。

「翻訳においてもAI翻訳が人に取って代わる」 というのは、本当なのでしょうか?

AI翻訳の傾向に翻訳者の生きる道が見えてくる

ここ数年でAI翻訳の実力は驚くほど向上しました。 人間を遥かに超えるスピードと、個人利用に十分耐えうる翻訳精度。 一昔前とは比べ物にならない自然な翻訳が瞬く間に仕上がる様子は、まさにAI時代の象徴とも思えるほどです。

しかし、AI翻訳は大変便利なツールですが、 翻訳エンジンにより精度は大きく異なります。 誤訳や迷訳、訳抜けが多く見られるものもあり、ビジネスシーンで完全に機械任せの翻訳にはリスクが伴います。

日本では、大阪メトロのホームページの翻訳を託された自動翻訳が、「堺筋線」を「Sakai Muscle Line」、「3両目」を「3Eyes」と誤訳したのは有名な話です。

また、筆者が暮らすオーストラリアでも、AI翻訳で訳された妙な日本語が巷にあふれています。日本人観光客向けのお土産店の入口には「どういたしまして(Welcomeを誤訳)」と掲げられ、レストランでは「濃厚な味」というニュアンスを込めた「Rich」が「金持ち」と誤訳。AI翻訳にはこうした間違いが多いのも事実なのです。

AI翻訳を上手に使いこなすには、AI翻訳のメリットとデメリットをしっかり把握しておかなければなりません。

【AI翻訳のメリット】

●メリット1:翻訳スピード
人が翻訳を手がける際、①原稿を読み込む、②大まかな翻訳を作成する(下訳)、③細やかな部分を調べながら進める(本訳)、④文章を自然体に直す(編集)、⑤原文と訳文を照らし合わせて確認する、といったように細かなステップが数多くあり、時間と手間を要します。

それに比べて、AI翻訳は①~③までのステップを一瞬でこなします。 逆翻訳の機能を使えば⑤のステップもある程度カバーするでしょう。 スピードの面では、人はAI翻訳にとうてい太刀打ちできません。

●メリット2:翻訳精度
AI翻訳は、人間には蓄積できない膨大なデータを駆使して訳文を作成します。

また、用語集などを保存したり、独自の用語を学習させたりすることができるAI翻訳であれば、使えば使うほどユーザーが使いやすいようにカスタマイズされます。 翻訳の時間とコストを削減しつつ、精度を上げることが可能です。

【AI翻訳のデメリット】

●デメリット1:口語体や複雑な文章構成は苦手
文法や語彙に共通点が多い言語間やシンプルな文章であれば、一般的なAI翻訳でも高精度の翻訳が見込めます。 しかし、日本語と英語のように文法や語彙が根本的に異なる言語同士の場合は、単なる言葉の置き換えだけで翻訳は成立しません。

そのため、口語体や、文章が前後するような複雑な構成のもの、さらには固有名詞やイディオム(慣用句)においては、意味をなさない翻訳を作成することがあります。

デメリット2:文章の意図や意味、ニュアンスは解読できない
翻訳は、ただ一語一句を訳すだけではなく、その文に込められた意図や意味、ニュアンスをベースにすることが求められます。 一般的な自動翻訳は「人間の感情をくみ取る」ことができず、人間味に欠けた「機械的」な訳出になってしまいがち。 文化や風習の違いなどを考慮した気の利いた翻訳も難しい分野といえそうです。

AI翻訳のメリット・デメリットを総括すると「人の思いをくみ取ったり、文学的な表現を理解したりすることは残念ながら不得意で、自然な訳文を作成するという点で課題がある」。 ここに翻訳者の生きる道が見えてきます。

 

AI翻訳と翻訳者を併用すればスピードと品質を確保できる

現段階では、AI翻訳が翻訳者に完全に取って代われるわけではありません。 企業は、知識と経験を備えた翻訳者の手を借りながらAI翻訳の不得意分野を補うことで、スピーディーかつ高精度の翻訳を実現できます。 また、AI翻訳と翻訳者を上手く使い分けることで、翻訳者にすべての翻訳を依頼する場合と比較し、大幅なコストカットが見込めます。

AI翻訳のメリットを生かしつつ最大限に生かすためには、プロの翻訳者に下記の作業を依頼すると良いでしょう。

【プロの翻訳者に依頼したいこと】
「固有名詞をアルファベットで表記する」「慣用句は避け、意味を砕いて表現する」「長文は短く分ける」「言い回しは避け、シンプルにする」 など、あらかじめ機械が翻訳しやすい文章に原文を整えておけば、AI翻訳の翻訳精度を高めることできます。

       

●翻訳文の「ポストエディット」(翻訳後の編集作業)
誤訳や訳抜けがないか、微妙なニュアンスの違いが ないかを人の目で確認し、さらに良い文章に仕上げたり、読み手にとって違和感のない自然な文章に編集したりするのがポストエディットです。 AI翻訳の訳出は人間味や感情に欠ける傾向にあり、より良いビジネスリレーションシップを築き上げるためには、人間のタッチが必要であると筆者は考えています。

こうしてAI翻訳と翻訳者を併用すれば、AIによる「スピード」と、人間による「品質」を確保できるのです。 ただし、これらのメリットを享受するには「AI翻訳の精度が高い」ことが条件。 精度が低いと、ポストエディットの修正が部分的では済まず、ときには文章の全体的な編集「フルエディット」が必要となり、余計な時間とコストがかかることもあります。

AI翻訳と翻訳者を併用する際は、豊富な語彙量や学習機能などを兼ね備えた高精度のAI翻訳を導入するのがおすすめです。

翻訳業界は、機械と人間が手を取り合う時代へ

翻訳業界では、機械と人間が手を取り合うのが当たり前の時代になりました。 AI翻訳のスピード感に、知識と経験を有する翻訳者のクオリティが加われば、まさに鬼に金棒です。

機械と人間を上手に組み合わせることでコストと時間を大幅に削減しつつ、ビジネスの円満なコミュニケーションと業務の効率化を目指しましょう。

筆者:大庭有美(オオバ ユミ)/バイリンガル·ライター
オーストラリア·シドニー在住30年。15年に渡りオーストラリアの日系媒体にて編集ライターおよび翻訳·通訳として活動。グルメ、芸能、インタビュー、育児、イベント、スポーツ関連の記事を主に担当している。